EVERYDAY WORDS
『グッバイガール』
普段着の言ノ葉
~ヴォイス ナ 言ノ葉 ドラマ~
(効果音)シャワーの出る音~蛇口を捻
りシャワーが止まる~ガラガ
ラ(浴室の扉が開く)
タカオ(モノローグ)はぁ~(恍惚のた
め息)
ナレーション タカオは、浴室を出た。
鏡の中のタカオの顔は、文字通り水
も滴っている訳だが、とりたててい
い男と言えるほどの造形は見当たら
ず。ただただ、齢(よわい)五十い
くつなりの鈍色(にびいろ)な艶と、
なんとも得も言われぬ喜びがそのま
まににじんでいた。
(効果音)冷蔵庫の扉を開け、閉める~
缶ビールを開ける
タカオ(モノローグ)俺は、この日を待
ち望んでいた。そして、ことが済ん
だいまとなっては、もう俺のカラダ
のどこを探しても、わずかな滴(し
たた)りさえ残ってはいないだろう。
あぁ、なんと、甘やかなひととき…
俺をここまで酔わせてしまうとは…
忘れ得ぬ日よ、ありがとう…
ナレーション これは、安っぽい扇情的
ニュアンスをまぶしながら独りごち
る、齢(よわい)五十いくつの男の、
ひとときのアフェアーなストーリー、
と思いきや…
(効果音)リビングの扉が開く
ヨウコ(疲れた感)はぁ~、さっきから
聞いてれば、俺の滴りだの甘やかな
ひとときだの、キモいよ…
タカオ おっ、おぅ、おかえり! どう
やった?
(一瞬の静寂)
ヨウコ(驚嘆)えっ、ちょちょちょ、な
んでよーっ!
タカオ なんや?
ヨウコ なんでタオル一丁なんよっ!
バスタオルならまだしも、酒屋さん
にもらったペラッペラのフェイスタ
オルって!
タカオ あぁ、いまシャワーから出たと
こや。
ヨウコ もう、そこで小躍りせんで!
そんな丈の短いペラッペラのタオル
一丁で娘の前をブラブラするな、馬
鹿お父(とう)!
タカオ 娘の前でブラブラするなと?
お前も一丁前にアダルトジョークを
言う歳になったんやな~
ヨウコ やから小躍りせんでっ! ブラ
ブラせんでっ! もう! 明らかに
グーテンがタークしとるやんねっ!
(回想)テレビの実況中継
実況アナ さぁ、ここまで両軍ともに3
勝3敗で迎えた、2025年日本シ
リーズ第7戦も3対0のまま、いよ
いよ9回の裏、アウトカウントはふ
たつ、ボールカウントもスリーツー
と大詰めを迎えました! とは言え、
とは言えですよ、満塁ですからね~
解説者 確かに、今年の日本シリーズは、
毎試合、終盤になかなかの波乱が起
こっていますから~。ここで一発、
一発出ればですよ~。
実況アナ ただ、このバッターは、今日
2度の満塁チャンスに2度とも凡退
して無得点でしたからね~
解説者 しかしまあ、4番バッターです
から~。甘い球が来れば一発で仕留
めるチカラは当然持ってますよね~
実況アナ さあ、バッテリー間のサイン
も決まり、ピッチャーセットしてか
ら~ 第6球目を~投げました!
あ~、抜けたスライダーが真ん中高
め~っ!
(効果音)カ~ンッ(打球音~大歓声)
解説者 お~っ!
実況アナ 打球はライトへっ! 大きい?
行くか~? いやライトフィールダ
ーは、すでにボールの落下地点に…
解説者(落胆)あ~…
実況アナ いやっ、この打球が意外と伸
びはじめたぞ~っ?!
解説者(変な声出る)ま~っ!
実況アナ ライトフィールダーが半身の
体勢から、後ろへ1歩、2歩~ 3
歩~っ、がしかし~そこはフェンス
で行き止まり~っ!
『グッバ~~~~イッ!!!』
サヨナラ~ッ! サヨナラ満塁ホー
ムランで大逆転優勝~!
(効果音)大歓声(エコー)
ナレーション そう。今日、ふたりが贔
屓にするプロ野球球団が、日本シリ
ーズを勝ち越し、とうとう優勝した。
娘のヨウコは、チケット抽選に当選
し、その瞬間をドームのライトスタ
ンドで迎えた。一方、抽選に漏れた
父・タカオは、独り寂しく自宅で観
戦しながらも、優勝した瞬間には狂
喜乱舞し、興奮冷めやらぬままバス
ルームに飛び込んでは、独りビール
かけに興じたと言うわけだ。
タカオ(興奮再び)まあ、しかし最後の
最後に、あの一発は予想もせんかっ
たなぁ~
ヨウコ(ローテンション)まあ、まあね…
タカオ どげんしたとか? 現地で優勝
の瞬間を迎えられたお前は、嬉しゅ
うなかったとか?!
ヨウコ そんなことないけどさ…
タカオ『グッバ~~~イ!』って、あの
名文句を聴いた瞬間はもう鳥肌もん
よぉ… あ~、そうそう、『グッバ
~イ』で思い出したんやけんがよ?
ヨウコ(動揺)なに?
タカオ 中継で監督の胴上げがありよる
ときに、一瞬ライトスタンドが映っ
てな。お前、ライトスタンドにおっ
たやろ?
ヨウコ うん… ライトスタンドにはお
ったけど…?
タカオ いや、なんかな、担架で運ばれ
ていきよる人が映ったんよな? ほ
ら、あのホームランボールが直撃し
て、ケガでもしたんかって思ってよ。
ヨウコ それは…
タカオ まあ、担架で運ばれた人は災難
やったけども、あのホームランボー
ルを捕った人はよ、オークションに
でも出したら、そりゃ大儲けできる
って話しやな~?
(一瞬の静寂)
(効果音)バンッ(テーブルを叩き)
ヨウコ(捲し立てるように)もぅ、もう
ね! それどころやなかったとよっ!
タカオ 急にどしたんか?!
ヨウコ ボールは一直線にうちんところ
目がけて飛んでくるし、それが、当
たりそうやったけん、頭抱えてその
場に伏せとったら、なんちゃ~ない、
背中にバチーンって直撃してさ!
それと同時に前から横から後ろか
ら、なんとも知れん顔やら手やら足
やらがゾロゾロゾロゾロって!
タカオ ほんで、お前は大丈夫なん…
か?
ヨウコ 玉せせりかっ! ここは筥崎宮
かって! あぁ痛い… 苦しい…
怖い… ってなりながらさ、優勝の
瞬間も、監督の胴上げも、選手のグ
ラウンド一周も見れんまんま、気が
ついたら、そりゃドームの救護室に
おりましたとさっ!
ナレーション 父・タカオは『グッバ
イ!』の名実況が発せられたサヨナ
ラ大逆転満塁ホームランの軌跡と、
贔屓のチームの優勝の瞬間をしっか
りと目に焼き付けることができた。
ところが娘・ヨウコはどうだろう?
ホームランの軌跡が自分自身へと迫
ってくる中、自らの身を守るべくと
った行動が仇となり、優勝に沸くフ
ァンの歓喜の輪に加わることもでき
ず、ただ静かに、担架に乗せられラ
イトスタンドを後にしていたのだ。
タカオ ほんでお前、ケガは?! 痛む
んか?!
ヨウコ(意気消沈)まぁ痛みはそんなに…
タカオ そうや… それでも大ケガにな
らんでよ、良かったたい…
(一瞬の静寂)
ヨウコ (つぶやき)良かないよ…
タカオ ん?
ヨウコ もう、良かないって言ってんの!
これじゃ、うち、ただの痛み損やな
いねって?!
タカオ 痛み損って、お前…
ヨウコ(叫ぶように)こんなことなら、
痛みながらもさ、ホームランボール
かっぱらって、オークションだかな
んだかで大儲けしてやれば良かった!
ナレーション 娘・ヨウコの慟哭(どう
こく)に、父・タカオは返答に窮し
たが、そのままそっとヨウコに歩み
寄ると、怒りと少しの痛みに震える
背中を二度、三度と柔らかにさすっ
た。娘への愛深き父の姿であるが、
それは、まだペラッペラのタオルを
巻いただけのブラブラのままだった。
タカオ うん?
ヨウコ なん?
タカオ なんや、このゴツゴツは?
ヨウコ ゴツゴツ?
タカオ そうや、パーカーの、ほらこの
フードの…
ナレーション タカオは、ヨウコの背中
をさすっていた左手を、そのままフ
ードの中に突っ込んだ。
タカオ おっ?
ヨウコ はぁ?
タカオ おーーっ?!
ヨウコ もう、なんなんね~?
タカオ こりゃ『グッバ~イ』の!
ヨウコ グッバ~イの?
タカオ ほらっ!!
ナレーション フードから勢いよく抜か
れたタカオの左手には、少し薄汚れ
た表面に『NIPPON SERIES 2025』
と金のインクで印字されたボールが
握られていた。
ヨウコ ボッ、ボール?!
タカオ そうやっ! お前を玉せせりに
巻き込んでくさ、ライトスタンドか
ら『グッバ~イ』にした原因の、そ
のホームランボールよっ!
ヨウコ それ、うちが捕っとったってこ
となん?!
タカオ おそらく、お前の背中に当たっ
たボールがよ、そのまんま、このフ
ードの中にすっぽりハマり込んだん
やろっ!
ナレーション 大逆転優勝を決めた奇跡
のホームランボールは、なんと、こ
の父娘(おやこ)にさらなる奇跡を
もたらしていた。
タカオ スゲ~の~… 奇跡や…
ヨウコ これって、やっぱり痛み得なん
かな?
タカオ まあ、そう言えんこともないけ
んが…(苦笑)そんで、どげんす
る?
(真剣に)これで、ひと儲けするや?
ヨウコ ………
タカオ どげんする?
ヨウコ やっぱ、やめとく。そりゃ、優
勝の瞬間も、監督の胴上げも、選手
のグラウンド一周も見れんで。ただ
ただ痛い目にだけあってって思っと
ったけど。その代わりに… この奇
跡を届けてくれたボールやもんね。
記念に飾っとくよ、ここに…
ナレーション ヨウコは、タカオからホ
ームランボールを受け取ると、リビ
ングに置かれた飾り棚に向かった。
そこには、ふたりがこれまで必死に
集めた、贔屓の選手の直筆サインボ
ールが、アクリルのボックスにおさ
められ綺麗に並んでおり。その並び
に、ヨウコの手によって加えられた
薄汚れた奇跡のホームランボール
は、少し居心地が悪そうにコロンと
転がった。
Cast:
・タカオ(50代男性)
・ヨウコ(女子高生)
・ストーリーテラー/ナレーション(男性)
・実況アナウンサー(男性)
・解説者(男性)